グレンリベット、ロックで

「30分の小話」は大体30分間くらいしてた話をまとめてます。単話です。

お昼休みの小咄

昼休みは自分のタイミングで取っている、と言いたいところだがこればっかりは作業の兼ね合いや先方都合……ようは外的要因により変動することが多い。

そして昼休みは必ずある喫茶店へ行っている。

その店は女性店主が1人で切り盛りをしており、朝はモーニング、昼はランチからのカフェタイム、からのバータイム、と一体いつ休んでいるのか心配になるのだが、とても居心地がよく毎日通っている。

24時間で朝昼晩と3回通っていることもあるほど、お気に入りだ。

そしてこれは昨日のこと。

いつもなら13時には伺うところなのだがその日は13時からリリース作業があり、15時前くらいに店に向かった。

背の低い入口を開けると、リーンと固く長く響くウィンドベルが鳴った。この音は店内まで響き渡るため、なるべく鳴るようにドアを開け閉めしている。なぜなら、店はここから地下へと続く階段を降りる必要があるからだ。予め入店を告げ、席の空きが無ければ階段下からこちらへ合図のために。

そして、何も無く階段を降りて行き、店内に入るのだが……誰も居ない。

おかしいな。

音楽は鳴っているし電気も点いている。何より鍵も開いていた。まさかと思い狭い店内を探すが倒れているわけでは無かった。そのまま待つが5分待てど誰も来ない。1度外へ出て、狭い入口からの入店の流れを辿り直したがないやはり誰もいなかった。

それはまるで、日常から人間だけを切り捨てた異空間へ迷い込んだ感じだったが、異空間を体感しているというよりも、店主はどうしたのかという心配が勝った。この時もっと異空間感を楽しんでも良かったな、と後から思ってしまったのは言うまでもない。

15分が経ち、諦めてコンビニでも行くかと近くのコンビニへ向かった。何を食べようかとサラダの棚を物色していると、見知らぬ青年が、すみません、と話しかけてきた。

「春咲さんですよね?」

名前を呼ばれ、合ってはいるが私はこの人を知らないので、はい? と疑問形で返すことが精一杯だった。

脳内では、誰だろうかと記憶の引き出しに手をかけかけていた、その時。

「(喫茶店名)の奥さんが戻られて。」

店主が戻った?

何故この人は私がその店に居たのを知っていたのだろうかとまた疑問が湧き上がるがそれは次の言葉で解決する。

「あの、奥さんが何度か呼ばれていたようなんですけど気が付かれなくて。」

全く気が付かなかった。

お礼と感謝を述べてコンビニから出ると、道路の反対側にその店主は両手に荷物を持って立っており明るく愛嬌のある声で私の名前を呼ぶので、駆け足で向かった。

「ごめんなさーい。13時にみえなかったから、15時くらいにみえると思ってちょっとパン買いに行ってたの。」

二人桜並木の歩道を並んで歩き店へと向かう。

それにしても。なぜ私の行動パターンが分かるのか。

この人はもしかしたら私より私の習性を理解しているのかもしれない。

 

「今度誰も居なかったら、座って一服しながら待っててくださいね。」

 いいんですかと伺う。

「だからね、いつも(鍵を)開けていくの。」

 そう笑顔で答えた姿を見て、どうしてそこまで人を信用できるかと不思議に思い、そんな無用心極まりないことをしてよく今まで問題になっていないなと関心するが、そうか、まずあの店へ入ろうとする人は少ないだろうし、何より入り口がわかりにくい。初見殺しとはこのことだ。

 

そしてコーヒーをいただきながら、休憩時間いっぱいのおしゃべりを楽しんでその店を後にした。