グレンリベット、ロックで

「30分の小話」は大体30分間くらいしてた話をまとめてます。単話です。

1.5時間の小話 (1)

 それは昨夜のことだった。その日は若手について勉強会へ参加し、終わると近くの居酒屋で反省会をして店を出るとまだ早い時間だったので、一人でいつもの店に行くことにした。

 

おかえり、ただいま、といつもの挨拶を交わすと、いつもは私の帰り際にやってくる夫婦がすでに酒盛りをし、しかも終盤に差し掛かっていたのか奥で旦那さんが眠っていた。

常連のSちゃんの隣がかろうじて空いており、カウンターへ座ることができた。

「今日はLの方が早いよ」

そういつもながら愛嬌のある話し方で笑いかけてくる奥さんのLさんもだいぶ酔っているようだった。よくみるとワインボトルが一本空いている。

「だって二件目だもん。勉強会行って反省会した帰りなんだ」

とよくわからない言い訳をしながらコートをハンガーにかけ、グレンリベットをロックで注文した。

時刻は22時。いつもなら私が酔っ払ってる時間で、いつもとは正反対だが、一応1件目の居酒屋でビールを4杯飲んでいるのでそこそこ酔っ払っていた。

「それでそういうパリッとした服装してるんだ」

Sちゃんのその言葉で気がついたのだが、そういえばジャケットを羽織ってこの店にくることはそうない。私はいつも私服で仕事をしていて、その私服もオーバーサイズを好むのでかなりラフだ。

「久々に着たから堅っ苦しくてさ。Sちゃんいつもスーツでしょ? 肩凝らないの?」

「スーツの方が楽だよ。ワイシャツとネクタイとスーツ選ぶだけでいいんだもん。」

そういうものなのか。

私服だと、ローテーションとか気にしないといけないし大変なんだという。そんなに見ているのかと伺うと、女性は意外と見てるもんだよ、と。……恐ろしい。服装については一応気にはしているが、とやかく言われるのは面倒だ。女性の少ない職場で本当に良かった。

さて。私はSちゃんに聞かないといけないことがあった。今日行った勉強会は営業職の教育についてがテーマだったのだが、どの会社もマニュアルなどなく、OJTといっても隣について仕事を覚え、あとはお前の色を出していけ! がほとんどだったのだ。確かに、顧客によって対応の仕方も変わってくるだろうし、人によってもやり方は変わってくるだろう、そうだろう。ただ何か指針的なものはあってもいいのではないかと思ったのだ。

「そういえば、Sちゃんって部下の教育とかどうしてるの? マニュアルある?」

「え? そんなものないよ。」

 ここにも資料ない組がいた。

やはり、顧客によって対応は変わるし、本人の資質によっても教育する内容は変わる。向き不向きもあるし一概にマニュアル化できない部分はある。それはどの『教育』でも同じことだとは思うが、『営業』という対人となると別なのかもしれない(?コールセンターとかマニュアルあるよなと今思った)。

「そんなちゃんとやってる会社はごく一部だと思うよ」

他業種の経験はあるが、営業職というのは業界によって内容がかなり異なると思っているのでその『ごく一部』がどの業界でどういう営業なのかがとても知りたいところではあったが、Sちゃんの業界では、と捉えた。

「本当に自分の思い通りに動かしたいなら洗脳するのが一番だと思うんだよね」

洗脳とはいささか穏やかではない単語だが、極論としたらそうなのか?  ただ、仕事の進め方は各自で考えて決めていって欲しいと思うので洗脳という選択肢は消えた。いや、はなからないが。

 でもさ、とビールグラスを傾けながら、

 「仕事をする上で、一番芯になる部分が 共有できてればいいんじゃないかなぁ」

という、Sちゃんの言葉がストンと自分の中に入ってきた。そうか、自分が仕事をしている上で大切に思ってしていること、心掛けていることが共有できればそんなに逸れた行動をすることもないのかもしれない。 

 

「ココに、友達作ってこいって一人で投入して、5人作れたらその子は営業の適性があるかもね」

喋らないと強面のマスターに、ほとんど1人で飲みに来て周りの常連との会話を楽しむ客の輪の中に入れたら、それは営業としての適性を見極めるのに簡単な指針になるだろう。

ただ、私の周りの『できる営業』は軒並みコミュ障で初対面の人と会話が出来なかったりするのであくまで指針のひとつ、なのか。

その後、グレンリベットのロックを空けて、ブラントンのロックを注文した。

ちなみに今日は『適量』が注がれていた。

「教育って大変だよね」

ふと呟いたSちゃんの言葉に、そうだよねと相槌を打つ。

そう、どの会社でも悩みの種なのだろう。それは業種問わず、だ。

「うちの業種の営業なんて人間のクズの集まりだから、一回り年上の人に社会人とはなんぞやから教えなきゃいけないからしんどいよ」

ふと出たSちゃんの愚痴に、この人でも愚痴ることがあるんだなと親近感湧いた。

 

今日の収穫は、『営業の教育にマニュアルの会社は少ない』ということになる。

それを踏まえて自分はどうするべきか、また悩むことになったのだ。

そんな簡単に答えは落ちていないしそんなもの身にならないということはわかっていたが、デザインもプログラミングも写経が成長の近道であるように、教育もそうなのかなと少し期待をしてしまっているところだったが、そうでもないらしい。

 

と、いうことがわかったので帰路についたのだった。