グレンリベット、ロックで

「30分の小話」は大体30分間くらいしてた話をまとめてます。単話です。

マスクについての小話

それは昨夜のことだった。

仕事からの帰り道、社長からSlackで、今から通話できるか、とメッセージを受取り、外だけど大丈夫だと返信をした。話の内容は、ようは明日からはフルリモートで、ということだった。

元々PCは持ち歩いているしVPNの環境も整っている。今までも何度か家から対応を行っていたし、毎度の顧客とのMTGもいわゆるテレビ会議というもので実績がある。いつフルリモートになってもおかしくないと思っていた。その時が来たんだ。

私はそのまま、足はいつもの飲み屋へ向かっていた。元々今日は家のものが夕飯を済ませてくると言うので予め予定されていることだった。

おかえり、ただいま、と挨拶を交わし足を進めると、手前のカウンターに1組、カウンターに1人という様子でこの時間にしてはいつも通りだなと思ったのだ。

「聞いてよ、明日からフルリモートになった。」

ラップトップが2台入ったリュックをおろし、コートをハンガーにかける。

「おぉ、そうか。でもさ、遅くない?」

マスターはキッチンで忙しくなく動いていた。こう言う時に、忙しい? と話かけると必ず、ううん暇、と答えるので何も言うまい。

「生?」

「うん、生。」

まずはタバコだ。この間ゴロワーズを買ったので今日はそちらに火を付ける。いつもとは異なるタバコの味。これはこれで好きだが、若干臭いと思う。レーサータバコとして有名だということは後に知ったことだ。

キッチンの酒瓶の間から生ビールがやってくる。

「はい、生。お疲れ様。」

泡のバランスが絶妙なそれを、ありがとうございますと受け取る。

そして一口。これが至福なのだ。

「コロナの影響ある?」

飲み会自粛要請が出され、今日もランチに寄った店でキャンセルの電話を受けているのを聞いていたので心配になった。

「大アリだよ、全然お客さん入らないの。深夜帯に同業者が来るけどさ。みんなキャンセルなんだって。銀座のクラブのママなんてさ、電気消えてるのに入ってきて、『電気消えてるのわかってる?』って言っても『いつもそうでしょ』って言って、ズカズカ入ってくるわけ。本当に人の話聞かないなぁって感じなんだけど、いつもの如く愚痴り出してさぁ、『この四日間で何組きたと思う? 6組よ、6組!』って。銀座のクラブの大変みたいだね」

やはり。

このままの状態が続くと廃業になりかねない。現に旅館が廃業してしまったではないか。

この店がなくなってしまったら私はどこで癒されればいいのか。毎日でも来てお金を落としたいところだが、そうもいかないのがもどかしい。

 

そんなこんなでいつもの日常会話をしていると、見慣れた青年が来店した。これはもしやと思い、耳を傾けているとやはり「キャンセル出たから店閉めてきた」と会話が入ってきた。それは日本料理屋の……仮にMさんとしよう。Mさんは以前も同じ理由で早い時間に来店していた。Mさんの店はいつか行ってみたいとは思っているが、私はこれでも人見知りなのでそこまで会話をできていない。これは目下の課題だ。

そして、マスクの話になった。

まぁ、よくある会話で、売ってないよね、しろって言っても無理だよ、いつかかかってもおかしくないよね、と。

そして、先日Mさんが飛行機に乗った時の話になった。その時Mさんはマスクをしていかなかったのだと言う。

「空港で売ってるかと思ったら全然売ってなくてさ、仕方ないからマスクしないで乗ったわけ。席は3人席の真ん中だったんだけど、四方八方から睨まれてさ、とっさにアイマスクを口元に持ってきたよね。」

……笑った。

爆笑した。

確かに今ならいろんな色のマスクはあるし、ちょっと変わったマスクに見えるかもしれない。しかしアイマスク。

「なんなら蒸気が出るマスクでもすればよかったのに。『あいつマスクから煙出てるぜ』って逃げていきそう」

と、マスター。

それはそれで面白そうだ。

その後2時間ほど滞在して帰路についた。よく飲んだ。